2010年9月アーカイブ

朝起きたら虫になっていたザムザ氏も驚いただろうが、鼻がなくなっていたコワリョフ氏も驚いた。


顔の真ん中にはポッカリ穴があき、そのままでは仕事にも出られない。


しかも、なくなった自分の鼻が自分より偉い官吏の制服を来てテクテク町を歩き回り、ペテルブルクの町中の話題になっているのだから大変です。


警察や新聞社に行って鼻の失踪届を出し、警官を動員して鼻を保護してもらうのだが、鼻を取り戻してもどうしても顔にくっつかない。


挙げ句また逃げられてしまうのです。


確かにこれは本人にとってはとんでもない深刻な事態に違いありません。


しかし、他人から見る限りこんな面白い喜劇はない。


最後は、また突然朝起きたら鼻は元通りになっていて話はアッケなく終わるのだが、この奇妙な事件が一体どうして起こったのか?こんな話を書いて作者は何を言いたかったのか?あるいはこのバカバカしいオペラで作曲者は何を風刺したかったのか2それらの疑問が出演者から投じられるものの、結局すべてはハテナ?のままで閉じられます。


すっとぼけた音を次から次へと繰り出すオーケストラにしろ、ドタバタと舞台上に現れる烏合の衆そのものの群衆にしろ、すべてが無声映画風のナンセンスに縁どられているという、なかなかブッとんだ不条理オペレッタです。

ふれないで!ふれないで!第1幕第1場の冒頭、森の中で道に迷ったゴローが泉のほとりで泣いているメリザンドを見つけ、近づいて肩にふれようとすると、メリサンドはこう言って拒むのです。


このときの「ふれないで!」は、おびえている娘の、声にならない震える叫びです。


音であって音でない、それはまさに人間の言葉そのものであり、ここから《ペレアスとメリザンド》は始まっています。


この作品の発表時にはさまざまな批判が浴びせられたというが、なかでも、声楽の部分にメロディーがない、という非難は、じつはこの作品の本質をついています。


ドビュッシーは、メーテルランクの『ペレアスとメリザンド』をオペラの題材に選んだ理由として、人間の感受性によって発せられた自然な言葉に触発されたことをあげています。


つまりドビュッシーは、人間の感情をことさらに音楽で飾りたてるのではなく、音楽と人間が発する生の声としての言葉をひとつに融合させることをめざしたのであり、もともとそこにはメロディーなど必要なかったのです。


オペラの新しい形は始まりました。


音楽とも言葉とも定められないもののなかに、メリザンドの不安定な心を聴き、クリストフ・ワイキューブの苦悩を聴き、ペレアスの抑えがたい愛を聴くのです。

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